ほのぼのではないブログ

出産後6か月で離婚。貧乏生活を過ごしたシングルマザーの「祝!子育て終了!」アラフィフ日記

介護保険申請 使える制度は利用する方向へ 親の介護現実編

親の介護という現実が近づいてきました。

去年娘が独り立ちしてほっとしたのも束の間、次の課題は親の介護問題です。

 

父は66歳で他界、母とは私が離婚して娘と一緒に出戻り、それから今に至ります。

 

両親の不仲

私が小さい頃から我が家はとてもケンカが多く、両親のケンカを見て育ってきました。当時はDVという言葉は聞き慣れない言葉でしたが、今思えば完全なDVでしたね。

いつもケンカをする度に母を殴っていた父、そんな父が怖くて私は嫌いでした。こんな暴力を振るう父なんていらないって母には言っていたのですが、母は決して離婚しようとしません。

母がよく言ってたことですが、

「あんなお父さんだけど、両親の面倒をよくしてもらったから頭が上がらない」

 

そんなケンカばかりの生活でしたが、それぞれが成人し結婚して家を出て行くことになっても両親の不仲は何も変わることはなかった。

そして父は脳出血、その数年後に脳梗塞を発症、ここまではかろうじて杖歩行が出来ていたのですが、2回目の脳梗塞でとうとう寝たきりとなってしまいました。

 

父の変わり果てた姿

私は父が寝たきりになる少し前に離婚し、娘と一緒に出戻っています。

怖かったあの頃の父がどんどん変わっていく。ほぼベッド上での生活となる父。

私の娘は怖かった頃の父を知らないので、ただの優しいじいちゃんという存在となり、ベッドの側でよく話し相手をしてあげていた。その娘と話している父の姿はとても穏やかでした。

きっと父も孫のことが大好きだったのでしょう。

 

父は糖尿病の持病あり。その悪化で糖尿病性腎症となり透析導入へ。寝たきりで通院するのも難しいためそのまま入院となりました。

その後食事が食べれなくなり、栄養を摂るためのチューブを直接胃に入れることに(胃ろう造設術)

自分で動くことが出来ないことで体の拘縮も進みます。

手足の拘縮した父の最期の姿は今でも忘れることは出来ません(涙)

一生懸命働いても母の金銭感覚の無さで自分の家を持つことも出来なかったこと、父がぼやいていたの聞いたことがあります。今は凄く父の気持ちがわかります。

 

 

父が他界し、そんな金銭感覚のない母と一緒にいる今になって、父が母を怒っていた理由がこれまたすごくわかる気がします。

一緒に住んでてムカつくことばかりなので(笑)

 

そんな母が去年骨折で入院となり、今月末に退院が決まりました。

杖歩行を目標にリハビリ病院で3ヶ月、先日退院を前に病院へ説明を受けに行きました。3ヶ月振りに母との対面、歩行状態を見せてもらいました。杖歩行もまだ少し危なく、今後のためにも介護保険の申請を勧められました。私も福祉用具のレンタルを考えていたので、すぐに役場へ申請へ。

母は要支援2の認定でした。

今回は歩行器のレンタルを考えていたので、介護保険を使えば月200〜300円位で借りれるそうです。

後は母の意思にもよりますが、デイケアの利用も考えています。

 

コロナで面会出来ず3ヶ月、入院した当初は寂しい気持ちもありましたが、退院の日が近づいてきて、また一緒の生活+介護となると複雑な気持ちになります。

 

この長い入院生活を経て、今度こそお互いを思い合える関係を歩めたらと思っていますがきっと無理でしょう。

早々人は変われません。当然私もですが(笑)